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消費は美学!?本当に??
買い物をすることがおもしろいという人は世の中にたくさんいることだろう。
現に買い物をすることでストレスを発散させ、自分の精神状態を安定させている人も多いことだろう。
しかし僕はどうしても「消費は快楽だ」という言葉には賛同できない。
経済でも同じような言葉がよく言われる。
「消費は美学」っという言葉。
経済的に見ると、たくさん物が買われることは消費が増えることなので、確かに国内総生産という数字や、消費量という観点から考えれば良い事だ。
しかし、それは買われた物が無駄なく使われてこそ、消費は美学ということが当てはまるのではないだろうか。
真の資源の有効利用
現代の日本では流行や気分などで、新しいものを買っては、古い物は捨てていく。
しかも古いといってもほとんど使われていないようなものまで捨てられる。
このような現状で本当に消費が増えることが美学だとはおもえない。
今ある物を、最大限に利用し、必要になったものを消費する。
もちろん時代は進歩するものなので、進歩したものを欲する気持ちぐらい僕にもある。しかしそれでも今あるものを最大限使ってから、新しい物を買うぐらいの心意気はみんなが持たなければならないだろう。
新しい物を買って古い物を死蔵させることは、世界的にみたら実にもったいないことだ。
かぎりある資源から作られた物が必要としている人の手に入らずに、必要としていない人に死蔵されることは、資源が有効に利用されていないことを意味するのだから。
(ちなみに資源の有効利用については、こちらをご覧ください)
環境と経済
「消費は快楽」ということは、ある有名な企業のかなり偉いバイヤーさんが言っていたことなので、それが現代の社会に当てはまっていることは確かなのだろう。
しかし、「消費が美学」という社会が正しいとは決して自分は思えない。
環境と経済の関係は特に難しいとよく考えさせられてしまう。
両方をうまく両立することなんて不可能ではないかとさえ、よく思わされてしまうものだ。
飲食店関係の仕事が長いと特にそう思ってしまう。
僕たちバイトががんばって作った商品などは、よく注文し過ぎた客によって残らされ、残飯行きとなってしまう。
しかしたくさん注文されたほうが売り上げ的には良いことだ。
毎日使われる割り箸の量が物凄い量になってしまうことも知っている。
しかし、割り箸業者にとってはこのようなお店があるから生き残れているだろう。
この大量生産→大量消費という流れは、昔よりは改善されていることは事実だが、まだまだ見直せる部分はたくさんあるだろう。
そして改善されればされるほど消費が少なくなり、経済には悪影響を与える。
どのようにすることが環境と経済を両立することなのかはわからないが、決して「消費は美学」という認識だけは、僕は持たないでこれからも生きていきたい。
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